宇都宮美術館に行ってきました。
「ゴッホの跳ね橋と印象派の画家たち」を見に。
ドイツのヴァルラフ=リヒャルツ美術館の所蔵品だそうです。
一番見たかったのはこちらの絵。
エドゥアール・マネの「アスパラガスの束」
ずっと見ていたい絵です。なんでだろ。
マグネットを我が家の冷蔵庫に。
そして私の大好物、セザンヌの静物画
宇都宮駅から5キロも離れていて、えーーと思いましたけど、
ステキな美術館でした。
連休なので、久しぶりにキャロットケーキを焼きました
わが街に本場のプレッツェルがやってくると知り、
私にプレッツェルの美味しさを教えてくれた一緒にフランス出張した同僚に教えて、
ふたりでまた盛り上がった。
わざわざちょっと早く退勤して、家で仕事をしながら頂きました。
このクープが。
この塩味が。
プレッツェルを食べながら楽しかったフランス出張を思い出す。
成城石井に行ったら、普通に売られているらしくプレッツェルはそこにいた。
なんだー。知らなかったー。
さすが成城石井。
今日のおやつはそんな成城石井から。
りんごのケーキ。
見えないんだけど、りんごのジャムが入っていて美味しかったぞ。
このお皿が高値で売られているのを見て、ウシシと思った日曜日。
先月、平日に休みを取って隣県の福島まで行きました。
そうそう、ゴッホ先生を見てきましたよ。
かなり混んでるという噂が聞こえてきていたので、
平日でも混んでいない時間を狙っていってきました。
でも混んでましたけどね。
混んでいたから正面には行けなかった夜のカフェテラス
美術館の常設展のこちらも良かった。
犬の聞く姿勢が良い。
ちょっとまんどくせーと思ったけど、行ってよかったです。
ずっと長い間、自分自身でも言語化できないことがありました。
誕生日や年末年始、桜が咲くと職場などでお花見パーティーが企画されることなど、
どうしてもそれを楽しむことができない自分はどうしてなのだろう?
それをAIに聞いてみました。
以下が回答です。
クリスマスやお花見のような大きなイベントには、社会全体に「楽しむのが正解」「参加しないと寂しい人、あるいは冷めている人」という無言の圧力(同調圧力)が存在します。 自分の内側から湧き出る感情ではなく、カレンダーによって感情をコントロールされることに、無意識のうちに抵抗を感じているのかもしれません。
こうしたイベントの多くは、消費を促すためのマーケティングと密接に結びついています。 「この時期にはこれを買うべき」「この場所に行くべき」という消費のレールが敷かれていることに気づいていると、そのお祭り騒ぎが演出された虚構のように見えてしまい、没入できなくなることがあります。
メディアが作り出す「幸せなクリスマスの過ごし方」や「完璧なお花見パーティ」のイメージが強すぎるため、実際のイベントがその期待値に届かなかったり、準備の煩わしさが勝ったりすることに疲れを感じている可能性もあります。 特に、役割や段取りを気にするタイプの方にとっては、イベントは「純粋な楽しみ」ではなく、**「こなすべきタスク」**になりがちです。
街中の喧騒や、どこに行っても混雑している状況そのものが、落ち着いた生活リズムを乱すノイズとして感じられることもあります。自分のペースで物事を考えたり、静かに芸術や仕事に向き合ったりする時間を大切にしている人ほど、外側の騒がしさに疲弊しやすい傾向があります。
こうした違和感を持つことは、決して「ひねくれている」わけではありません。むしろ、「世間一般の物差し」ではなく「自分の価値観」で幸福を定義できている証拠でもあります。
無理に周囲の熱狂に合わせる必要はありません。「世の中が騒がしい時期だからこそ、自分はあえて静かに過ごす」という選択肢を自分に許すことで、少し気持ちが楽になるかもしれません。
なるほど!そういうことだったのか。
ものすごく納得できて、生きやすくなったような気さえします(笑)
また、解決できない悩みがあったら私のカウンセラーに相談させてもらおうっと。
今週のおやつは久しぶり?の抹茶のクロワッサンダマンド。
定番です。
今年のさくらと言ってもお花見の方ではありません。
さくらのおやつの話です。
土曜日の朝に、急に今週のおやつはさくらにしようと決め、
富澤商店で桜あんを買ってきました。
これがとても美味しくてね〜。
私はこの袋のままチューチューすっておやつにしても良いくらいです。
でもチーズケーキにしてみました。
チーズケーキって混ぜて焼くだけで達成感をくれますよね。
とても美味しかったです。
あら、やだ。
3月になってカレンダーの投稿をしようと思っていたのに、もう3月も中旬。
ちょっと忙しくしてました。
3月と4月のカレンダーです。